結婚

結婚報告で祝福してもらえなかった人へ。はあちゅうに愛を込めて

7月15日、旦那さんと初めてコストコに出かけ、トイレから出てきたところで「はあちゅうさん、しみけんさんと結婚するんだって!」と報告を受けました。

(うちの旦那さんは、偉そうだからという理由で芸能人呼び捨てしません)

ヒョエ!

という訳で、旦那さんから教えてもらって結婚情報を知りました。

はあちゅうさん&しみけんさん、ご結婚おめでとうございます!(パチパチ)

 

 

2年前に入籍した私たち夫婦の話。

ある日、結婚が決まった同時期に仲良しグループでの飲み会があったので報告も兼ねて出席。

そこでいざ結婚の話をしたところ、祝福してくれるだろうという私の思いに反して

「え、でも、お互い好きな人ができちゃったらどうするの?」続けて

「なんとなく不倫しそうだよね」

と言ってきた人がいて、心臓が止まりました。

 

私が大好きな人と結婚するタイミングで、何もこんなことを言うなんて。

周りの友達はシーンとして、どう感じていたかはわからないけれど、おかげで私の結婚祝福ムードはたった10秒も続きませんでした。その場で冷静に何か言い返せば良かったけれど、そんな冷静さも当時はなくてそれを静かに否定することに精一杯だったな。

帰ってから旦那さんに泣きながら報告すると、「それはひどいね」と、いつも私が仕事のトラブルで旦那さんの前で泣く時と同じように優しく慰めてくれて、今思い返してもまた泣けます。

 

でも、あれから2年もの間、唯一結婚を否定するようなコメントを言ってきたその人のその時の発言が時々フラッシュバックしてきて辛いことがありました。

 

そんな時、はあちゅうさんとしみけんさんの結婚を知ることになります。

Twitterや本で活躍を覗いているだけだけど、それでもはあちゅうさんの行動力、文章力、柳の木のように倒れかけても何度も何度も這い上がるようなそのしなやかさに圧倒され、勇気をたくさんもらっていたから、知った時にはなぜかおばちゃん目線で「よかったねえ、幸せそうやねえ」と、写真を観ながら感動してました。

有名税と言うやつで、有名な人にはそれだけいちいち批判も集まる。Twitterを追ってもどうやら批判が集まっていたようで、まあ、きっと私が言われたことのうん千倍かは心ない言葉を投げかけられていたことでしょう。

心配になっていたところ、はあちゅうさんの「結婚のことだけは悪く言うのはなしって感じだ」と言うような投稿を見かけました。

 

その瞬間でした。

なんと、私の結婚を祝福してくれなかった友人と感覚的に繋がっていた糸をプツンと切り離すことに成功。晴れて、2年呪われ続けたその言葉から解放されちゃったんです。

敢えて何も言わないでいるけど、もう、金輪際私がその人に会うことはないと思います。

 

 

そう、結婚を(少なくとも本人の前で)悪くいう人はなし、アウト。

一発アウトでしょう!!!

そもそも当初、なんでここまで私が相手の言葉を引きずったのかもわからなくて、その原因不明さは

「私が祝福べきされる人間ではないから?」

「その言葉を気にすると言うことは、私に思い当たるふしがあるから?」

「そもそも私が気にしすぎ?」

と、自分を苦しめました。

 

 

2人で生きていく、ということは気が遠くなるほどの山をたくさん乗り越え、これからもそれが続いていくということ。

周りの人が誰も知り得ない、それはそれは沢山の時間をかけて、気の遠くなるような言葉と行動と心で愛を積み重ねていくこと。

その愛の形は千差万別で、一緒に過ごすうちにも形は変わり続ける儚いものであること。

それも全部受け入れて、腹を括って、一緒に生きていくと覚悟して表明すること。

それが結婚するってことなんだって、結婚してから初めて感じました。

 

 

結婚報告をした人に向けてあえて傷つけるようなことを言える人って、その人達が積み重ねてきた2人の時間と愛を感じ取ろうとすることなく、全部すっ飛ばして、ガン無視して発言してる。ずるい人だ。

 

そもそも道ゆく人やそこまで深い間柄ではなければ、

「このカップルは苦労してきたんだなあ」

「このカップルは色々乗り越えてきたのね」

なんてわざわざ想像する機会はそうそうないとは思っていて。夫婦という時点で、よほど個性的な外見でない限りははたから見ればただの「ふつうの夫婦」。とりわけ、有名人の結婚報告にクソリプ飛ばしちゃうような人ならクソリプ飛ばすことのデメリットなんて想像できないだろうし、その言葉がどれだけ相手を傷つけうるかなんて、絶対想像できないだろうな。

冷静に考えたら、祝福する気がない上に嫉妬や悔しさが滲み出てそうゆう行動に出てしまうのであれば、未熟すぎやしないか。対象に対して批判から入る人の言葉に説得力なし。だって、その対象に愛がないんだもの。

とにもかくにも、はあちゅうさんの「なし」を聞いて、初めて原因なんかはどうでもよくて、今ここに傷つけられた私がいる、その時点でやっぱりアウトだ。

 

 

 

クソリプなんて気にしないわ!あんな奴ら!と全力で否定できた訳でなくて「人と縁を切るって、悪いことじゃない、自分を責めなくていいってこと。」はあちゅうさんの言葉で、このモードがしっかりインストールされたみたいです。

 

 

しかし結婚や出産で、思ったより周りが祝福してくれなかったり、敢えて傷つくような言葉を平気で投げかけてきて傷つく人、ネットで検索するとまあ一杯いるみたい。

 

ではどうすれば解決されるのかというところだけど、縁を切って良いと思うんですよね。

私が許しを与えます!(誰)

 

でも同時に、この綺麗なことだけではないこの世の中で生き抜いていくためにどうしたって言葉は大切な要素。とりわけそれが「負の感情」なら尚更。適切な言葉で怒ったり、他人と縁を切るなんて、言葉を知っていないと難しい。

 

だから、とにかく良い言葉を吸収していくことをやめないで欲しいんです。言葉は諸刃の剣だけど、良い言葉はあなたを救ってくれます。もし救われなくても、探し続ければ、必ずどこかに落っこちてる。

良い言葉はお守り代わりになり、人生の起爆剤になります。大げさでなく、人生を変えてくれます。人生が変われば、他の大切な人の人生も変えることができる。良い言葉を循環させられる。

 

 

今回私もすっかり沈みかけてて、窒息しそうになっていたところではあちゅうさんの言葉に救われて、手を差し伸べられてやっと地上に帰還することができました。ご本人は辛かったと思うんですが、感謝しかない。。

その辛さの吐露が私を救ってくれたこと、ここに記しておきたかったんです。だから、恩返しと、私も言葉を循環させてみよう、そう強く感じました。

 

最後に私のもう一つ、はあちゅうさんのお守りがわりの本の中の言葉をご紹介。

「本当に強いことと、強いフリをすることにどれほどの違いがあるだろう」

(半径5メートルの野望)

 

 

こんなに切実で潔癖であまりに素晴らしい言葉、他にあるでしょうか。

この本のスピリッツに救われた人がどれだけいるでしょう。

生傷作りながら走り抜ける人に、

負のエネルギーが心を侵食してしまった人に、

全ての頑張る人の起爆剤になる本です。

 

はあちゅうさん、しみけんさん、

ご結婚おめでとうございます。